Dissertation
Survey: CHERUBIM / ケルビム(東京・町田市)
2012年2月、米カリフォルニア・サクラメントで毎年行われる世界最大のハンドメイド自転車ショー『NAHBS(North American Handmade Bicycle Show)』で、日本のフレームビルド工房『ケルビム』が製作に関わった「ハミングバード」がその頂点を極める「Best of Show」の栄冠に輝いた。
| Category: | Survey |
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| Date: | 2016.02.16 |
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| Tags: | #cherubim #survey #ケルビム #町田市 #自転車 |
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"Survey"とは「調査・検分」の意。〈visvim〉が日々、ものづくりをする上でインスピレーションを与えてくれる魅力的なモノ、人、場所、文化などさまざまなトピックを独自の視点で取り上げ、レポートします。



目的を追求するためには、手で作るしかない。
2012年2月、米カリフォルニア・サクラメントで毎年行われる世界最大のハンドメイド自転車ショー『NAHBS(North American Handmade Bicycle Show)』で、日本のフレームビルド工房『ケルビム』が製作に関わった「ハミングバード」がその頂点を極める「Best of Show」の栄冠に輝いた。そのニュースは国内外を駆け抜け、自転車の前衛的でオリジナリティ溢れるデザインの美しさとともに、カスタムオーダーブランドとしての『ケルビム』の名も広く世界に轟くことになった。



とは言え、ここ日本における自転車に関わるプロフェッショナルの間では、『ケルビム』はずっと古くから知られる重要な名前だ。その始まりは実に50年前にも遡る。まだ日本に自転車製作の基盤もノウハウもなかった1965年、現代表・今野真一さんの父であり同ブランドの創設者・仁さんは東京・世田谷区にある自宅の庭先でレーサーフレームに火を入れ、独学で競技用自転車を作り始めたという。まさしく「ガレージ・ブランド」として始まった小さな工房ではあったが、創業間もない68年、たった一人で製作したトラックレーサーがメキシコオリンピックで日本新記録を達成。一躍トップメーカーとして広まり始めた。
自転車作りに没頭し、業界内で「溶接マニア」と呼ばれたほどフレーム製作を追求した仁さんは、奇抜なアイデアと斬新な技法で革新的な自転車を生み出してきた。そして、父の引退後、工房を受け継いだ真一さんもまた国内屈指のフレームビルダーとして、東京・町田市の工房で日々オーダーブランドの運営にあたっている。1972年生まれの若き二代目ではあるが、自転車の製作に携わり始めてから「もう25年近くになる」という。「子供の頃からレースにも出場させられていましたから。一から父に教えてもらいましたね」。




『ケルビム』の自転車はオーダーメイドであり、乗り手の身長や用途に合わせて、緻密な設計を基にビルダーが組み立てる。そのフレームはすべて、ロードバイクにおいて伝統的な"クロモリ(クロームモリブデン鋼)"と呼ばれるスチール素材だ。現在、世界の主流となっている軽量なカーボンやアルミのような一体成型ではなく、チューブ(パイプ)を一本ずつ手作業で継いでいくクロモリフレームの高度な製作技術は、今や本場ヨーロッパの工房でも数少なくなっているが、真一さんはクロモリの特性にこだわり、技術を磨き続けている。
「自転車は身体や用途に合っていないと、性能を充分に発揮できないんです。体力のある人、レースをする人、サイクリングだけの人......そうした乗り手の事情に合わせてフレームを組む時、やはり人間との歴史が長い金属である鉄は、その加工においても汎用性が高く、緻密な調整が可能で、乗り味を細かくコントロールできる。修理・修正もし易いから、一生付き合える。先代が昔、作ったフレームのメンテンナンスを依頼されるお客様もいらっしゃいますよ」。



ジオメトリー(フレーム各部の長さ、高さ、角度の寸法)、チューブの部位ごとの肉厚......さまざまな要素が複雑に絡み合い、乗り手の感覚に微妙な影響を与える。その繊細なフレーム作りの技術はまさに職人の仕事であり、量産不可能な類のものだ。
「例えば競輪選手であれば、たった1mm違うだけで乗り味に違和感を覚えたりします。そこまでの細かい仕上げにこだわるには、技術の高い職人が一本一本手で作る以外に方法がない。だから僕らは『手作りがしたい』というよりも、目的を追求するためには今のところ、この方法しかないんです。あと、職人だから『昔ながらのやり方で、頑固一徹』みたいなイメージに見られがちなんですけど、パイプも接着の技術も時代とともに変化しているので、新しくて良い機械が出れば使うし、日々、試行錯誤しながらやっています」。




新しい技法やデザインに積極的に取り組む姿勢は、もちろん冒頭に挙げた「ハミングバード」を始めとしたショーモデルの製作にも繋がっている。「あくまでクロモリフレームのロードレーサーづくりが自分の仕事のメイン」としつつも、それだけに留まらない真一さんのスタイルは、競技用自転車作りの傍ら実験的な自転車も作り続けた父・仁さんの「血」を受け継ぐものだ。
「とは言っても、新しいものを作るなんて、甘くないですね。自転車の"基本"であるダイヤモンドフレームは、200年近い歴史の中で数えきれないほど多くの人々の試行錯誤の積み重ねの上に成り立っているものですから。デザイン的に新奇なものを作っても、機能の面では合理性がなかったり。そう簡単に新しいものが生まれるはずがない。それは分かっているけれど、せっかくもの作りができる環境と技術があるのだから、そこにも挑戦していきたい。まだ失敗ばかりですけど、やり甲斐がありますよ」。

スチールフレームの有利性はそのままに、さらに進化させ、乗り心地を犠牲にすることなく軽量化に成功したエアロモデル「レーサー」。
※写真はプロトタイプの「レーサー」です。

ケルビム 町田(本社/工房)
194-0038 東京都町田市根岸 2-33-14
www.cherubim.jp
文:井出幸亮
写真:深水敬介








