Dissertation
Survey: Kanro-shoyu / 甘露醤油(山口・柳井市)
甘露醤油は「再仕込み醤油」とも呼ばれ、その名のとおりすでに出来上がった醤油を使って再度仕込みを行う製法により、濃く甘みを帯びた味が生まれるもので、柳井から各地に伝わり、西中国から北部九州にかけて広まった。
| Category: | Survey |
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| Date: | 2017.06.27 |
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| Tags: | #kanroshoyu #survey #柳井市 #甘露醤油 |
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"Survey"とは「調査・検分」の意。〈visvim〉が日々、ものづくりをする上でインスピレーションを与えてくれる魅力的なモノ、人、場所、文化などさまざまなトピックを独自の視点で取り上げ、レポートします。

通常の倍の時間と材料、手間をかけたヴィンテージな醤油。
「醤油」という文字が初めて文献上に登場するのは安土・桃山時代のことだが、それ以前より醤油の原型と言えるものは存在していた。魚の内臓や野菜、米などの食材を塩漬け発酵させた「醤(ひしお)」と呼ばれるもので、これは飛鳥時代にはすでに貴族たちの間で食されおり、『万葉集』にも醤が読み込まれた歌がある。
鎌倉時代になると、紀州・由良の興国寺を開いた僧侶、覚信が建長6(1254)年に中国から径山寺(きんざんじ)味噌の製法を持ち帰り、その味噌桶の底に溜まった汁が美味だったことから、これが醤油の元となったという説もあるが、伝承に留まる。いずれにしても、室町時代には小麦や麹などを使った醤油が作られ、人々の間に広まるようになったとされている。
江戸時代になると醤油は工業的に生産されるようになり、全国に伝播。由良に近く、醤油作りが盛んだった湯浅の村から房総に移住した人々によって関東にその製法が伝えられると、野田や銚子を中心として繁栄し、人口が増加する江戸の需要に応えるようになった。

もともと湯浅で作られていた醤油と同じく、関東の醤油は「濃口醤油」だったが、17世紀半ばに播州(現在の兵庫県)・龍野で、熟成期間を短くすることで発酵を抑えた、色が薄く塩分の濃い「淡口醤油」が発明された。これが、現在にまで続く関東(江戸)と関西(上方)の味覚の嗜好の違いのルーツのひとつにもなっている。
これら「濃口」「薄口」の醤油のほか、東海地方で主に作られている、穀物原料にほぼ大豆のみを使う「溜醤油」や、ほぼ小麦のみを使う「白醤油」などがあるが、このほかに、天明年間(1780年代)に周防国(現在の山口県東部)・柳井で発祥したとされる「甘露醤油」と呼ばれるものがある。
甘露醤油は「再仕込み醤油」とも呼ばれ、その名のとおりすでに出来上がった醤油を使って再度仕込みを行う製法により、濃く甘みを帯びた味が生まれるもので、柳井から各地に伝わり、西中国から北部九州にかけて広まった。

山口県柳井市の『佐川醤油』は創業天保元(1830)年、現在もこの地で甘露醤油を作り続ける2軒の蔵元の内のひとつ。中世から瀬戸内海公益の要衝として繁栄した港町である柳井の商業の中心地であった古市・金屋地区には、室町時代から続く白壁と格子窓の商家の家並みが200メートルに及び残る。その一角にある佐川醤油の巨大な蔵の中で、明治4年に作られた30石(約5,400リットル)の吉野杉の桶を使った、創業以来の伝統的な製法を受け継ぐ甘露醤油が醸造し続けられている。


甘露醤油は同地の醸造家だった高田家四代目・伝兵衛がその醸造法を生み出し、天明年間にその醤油を領主(岩国藩主)の吉川公に献上したところ、「甘露、甘露(かんろ、かんろ)」と賞賛されたのがその名の由来と伝えられている。

甘露醤油の製造工程は以下のとおり。
1. 大豆を蒸し、小麦を煎って缶の中で混ぜあわせ、種麹を加えて混ぜたものを、室の中で約30時間をかけて麹を作る。
2. 杉桶の中に塩水と約2トンの麹を入れ、職人の手で時期を見ながら撹拌し、約1年半の間、熟成させる。
3. 圧搾機で諸味(発酵済みでまだ漉していない柔らかい固形物)を絞り、取り出した濃口醤油にもう一度、新しい麹を加えて、さらに1年半〜2年間熟成させる。
4. 2度熟成させた諸味を絞り、着味して瓶詰めを行う。


すべての行程を経るまでに、一般的な醤油の約2倍に及ぶ3〜4年の歳月と原料、手間ひまが必要になる甘露醤油は、濃口醤油よりも色が濃くなり、旨味(大豆のたんぱく質が分解されてできるアミノ酸)も高くなるが、塩分は低くなる。その艶やかな漆黒と甘く豊かな香り、濃厚な味わいは刺し身、冷奴、寿司などに最適。最高級の醤油として現在も多くの人々に愛されている。


明治期に移築された醤油蔵は一部が資料館として公開されており、代々使用されてきた伝統的な醤油づくりの道具が展示されている。壁棚に並んだ壺は、かつて醤油を販売する際に使用していたもの。人々は醤油を使い切るとこの壺を持参して店を訪れ、購入した分の醤油を詰めてもらい、リサイクルして利用していたという。こうした道具類ひとつひとつにも、古より続く食文化の痕跡が刻み込まれている。ヴィンテージワインのごとくまろやかで芳醇な味わいを持つ甘露醤油は、柳井の市井の人々の暮らしを今に伝える歴史の証人でもある。

佐川醤油店(柳井甘露醤油資料館)
742-0021 山口県柳井市柳井3708-1
www.sagawa-shoyu.co.jp
文:井出幸亮
写真:深水敬介







